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今治の桜は今が満開、それぞれ桜の名所では昼夜花見の宴で盛り上がっているようです。
気候もすっかり過ごしやすくなって、一斉にあちこちで華やかに花開くので、やはり桜には人々の気持ちを高揚させてしまう何かがあるみたい。

お隣・西条市中山川沿いの瓢箪池は、水面に映る桜も見事だけど、地元の婦人会が作っている“おでん”がえらく旨いと評判です。おでんだけを目当てに鍋持参で買いに行く人も多いとか。


写真は工房の近所“朝倉ダム”周辺の桜。最近は花見がてら週2、3回はこの周囲を犬と散歩していますが、キレイな割には花見客もあまりおらず、結構穴場だと思います。桜だけでなく、今は真っ白なモクレンも空に向かって一杯咲き誇っています。


“春風の 花を散らすと 見る夢は、覚めても胸の 騒ぐなりけり” ― (西行

椿さん 
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“伊予路に春を呼ぶ祭り” ― と言われています《椿さん》。

毎年旧暦の正月7日から3日間(かつては正月8日のみだったらしい)、松山市居相にある“椿神社”で大祭が催されますが、今年は昨日16日の午前0時から始まっています。


立春から少し日は経っていますが、こちらでは、この時期が一年のうちで最も寒くなると言われ、実際その言葉通り毎年冷え込みのピークを迎えるのですが、どうしたことか今年はあまり寒くないような気がします。

東日本や北陸、東北部にとって、今年は大変寒い冬で雪も多かったようですが、こちら愛媛中・東予部は例年に比べどちらかといえば暖かく、雪もほとんど積もりませんでした。同じ日本なのに、西と東で対照的な珍しい冬でありましたネ。



“椿神社” ー 正式名は“伊豫豆比古命(いよづひこのみこと)神社”。
縁起開運・商売繁昌の神様として有名です。
特に商売人の参詣客が多く、商いが終わってからでもお参りができるようにと3日間、午前0時から始まり、午前0時で終了します。
期間中、数十万人が参拝し、参拝者の数では四国一の大祭といわれています。


鏡開き 
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今日は“成人式”でしたが、私が通っている拳法の道場では恒例の“鏡開き式”がありました。

始まる4、5時間前に有志が数人集まって、プラBOXに保管していた120個ほどのお椀を1年振りに出してキレイに洗い、外に設置したガスコンロに羽釜(はがま)で160食分の“ぜんざい”を炊きました。昨年までは200食分以上作っていましたが、悲しいかな生徒数や一般の列席者数も年々減ってきていますので、今回は少し減らしました。

一昔前は一晩ふやかした小豆から炊きこんだものですが、最近は便利なアンコが市販されてまして、練り状の粒餡をただお湯で炊き込むだけで簡単にそれなりの“ぜんざい”が出来上がるようになっています。和菓子屋やケーキ屋御用達の食材卸店で仕入れてきますので、国産のイイ小豆を使っているのか結構本格的な味に仕上がります(値段は少し高めです)。


今日は大した練習もしていないのに何故か右腰が痛く、昨年末少し痛めていた腰とは全く逆側なので原因に心当たりが浮かばなかったのですが、ふと解明!、おそらく昼間低い流しで洗い物をずっとしていた所為でしょう。慣れない姿勢での無理は例え1、2時間の軽作業でも後々ひずみが湧出してくるものです。幸い未だギックリ腰の経験はないのですが、次第にヒョクッとした痛みが増しているのが怖い! 



鏡開き”とは: 正月に神仏にお供えした鏡餅のお下がりを汁粉やぜんざい、雑煮で頂いて食べ、その歳の無病息災・長寿を祈るという行事。

元々は松の内が終わる小正月(旧暦の1月15日 )後の1月20日 に行われていましたが、徳川家光が亡くなった日が20日であったため(実際には慶安4年(1651年)旧暦の4月20日であったらしいが )、1月20日を忌日として避け、後に松の内(1月8日)後の1月11日がもっとも一般的とされるようになったようです。



“癸巳(みずのと・み)” 
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年変わり・・・
今年の干支は“巳年(み年)”、というのは厳密には正しくありません。

“干支(えと)”とは、正確には“十じっかん)”と“十二じゅうにし)”の組み合わせのことですから、今年2013年の場合は、十干は“癸(みずのと・き)”、十二支はご存知の“巳(み・し)”なので、正確には干支は“癸巳(みずのとみ・きし)”となるそうです。十干十二支では第30番目・ちょうど真ん中の組み合わせ。

以前にも書きましたが、
十干とは :これは“日(太陽の巡り)”を数えるための数詞で、1ヶ月を上旬、中旬、下旬と十日ずつ3つに分け、その十日を単位にしたものが十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)です。 中国の陰陽五行説に基づき、万物の元となる要素を“木・火・土・金・水”の五つとし それぞれに陽(兄=え)と陰(弟=と)をつけ、十区分に分けたものです。

十二支は :十二年で天を一周する木星(古来より木星は年を示す星であるとして“歳星”とも呼ばれています)の軌道上の位置(天の位置)を示します。 つまり“年”を数える数詞。


は“揆(はか)る”の意で、草木がしだいに形づくられて長さを測ることができるほどになった状態、三つ又の鉾が原形の象形文字だそうです。陰陽五行説では陰の水(水の弟=みずのと)、

は“止む”の意味で、草木の成長が極限に達した状態で、元々は胎児の姿を表す象形文字だそうです。蛇が冬眠から覚めて地表にはい出した姿を表したともされ、従来の生活に終わりを告げ、大転換の時と言う意味も裏に持つそうです。陰陽五行説では陰の火を表し、

二つは「水剋火」という相剋関係であるとか。

十年を区切りの十干では最後の年となると、成長が極限に達し そろそろ脱皮の時も近い状態を表す

政権も新しく変わり、いろいろな意味で、大転換を迎える年を暗示しているような十干十二支にも見えますが、どうか良い年へとターンできますように!


 
I wish you a Merry Christmas! 



クリスマスが自分にとってイベントでなくなったのは、一体いつ頃からだろう?
本来、イベントなどではないのですが

修行時代はイブの日が、大概その年最後の窯焚きとなったものです。
夏場と違って冬の窯はなかなか温度が上がらないので、窯が上がる(=窯焚きが終わる)のは結構遅い時間となりました。

その窯の窯出し・納品を終えて、やっと正月休みとなりますから(当然土曜休日とか祝祭日は殆どありませんから、盆と正月だけが数少ない連休でした)、どうしてもクリスマス・イブの辺りが窯焚き日となってしまうわけですが、町全体が楽しさに溢れるこの時期、若い身には少し淋しさが残ったものです。


アレからウン十年、日常となんら変わりのないイブの夜と、それにもう一抹の淋しささえ感じなくなってしまっている自分・・・・・・

なんとなく、それが悲しくはありますネ。


楽しい時は、目一杯、何歳になっても楽しめる、

そんな人間でありたいナァ!

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