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CD125T 
CD125T
CD125T_METER  toku74.jpg


このところ、コツコツと親父のバイクをレストア中。

4、5年も放ったらかしにしていたので車庫内置きだったとはいえ結構サビも出ていました。
特にメッキ箇所の多いバイクだけに、サビが浮いているととても見られたものではなくて
ケミカル剤と道具を駆使して地道に奮闘しています。

ホンダ・Benly CD125T、
1958年に世界初の量産125cc空冷4st・OHC2気筒モデルとしてデビューしたホンダの名車“ベンリィC90”当時クラス最高の性能を誇りました)の系譜をそのまま引き継いだ、いわばシーラカンスのような存在です。C90が翌年にはセルモーターを搭載してC92へ、そして、サドルシートが厚くなったり、タンクにラバーグリップが付いたりと、マイナーチェンジを経て(基本性能自体は殆ど変わっていません)、1966年、やっと“CD125”という名前を冠します。この時もまだ、フレームは“Tボーンフレーム”と呼ばれるいわゆるプレス式のバックボーンで、1969年になってやっと現フレーム形状(鋼板とパイプを合理的に組合せた堅牢そのもののセミダブルクレードル型フレーム)、泥水を防止する深い前後フェンダー、と、今の商用車(実用車)スタイルに全てが一新されました。(といってもイメージ的には殆ど変わってもいないが・・・

我が家のCD125Tは厳密にはCD125T・ 、1984年から1986年の間に作られた型番です。ロードスポーツのCB125と、スクランブラー的なCL125とは同じエンジンを持つ兄弟車ですが低中速の出力を重視した味付けでキャブはシングル、発進・停止の多い商用車としてミッションもニュートラルを出しやすいロータリー式が採用されています。2003年に製造中止となって絶版車となりましたが、1969年から(イメージ的には1958年から)半世紀近く見掛けは殆ど変わっていない、空冷・4st・ツインのいわば王道です(笑)。アッ、CD125TのTはツイン(マフラーが2つ)の略なんです。

20年近く前、新古車として近所のバイク屋の片隅に追いやられていたのを私が見つけ、親父の古希のお祝いに贈ったものです。ビジネスバイク然とした荷台、レッグシールドを外し、ダブルシートを取り付けました。弁当箱みたいな角型のヤボッたいメーター(発売当時はトリップメーターを付けた見やすいメーターとして一つのウリでもあったのですが)は小さなホワイトメーターに取り替え、確認ランプ類もシンプルにまとめました。昔の英国風のナンバープレートをまねてフロントフェンダーには風切りを付けて親父の名前と歳をパロドってみました。最初の2、3年はこまめに歳の下一桁数字シールを張り替えていましたが厭きたのか74歳で止まっています。純正のメガホンマフラーをキャブトンかトライアンフマフラーにして、一文字ハンドルにでも換えれば も一つ格好良く変身する可能性大なのですけども、取り回しがイイこのアップハンドルは本当に楽で捨てがたく長年思い切れずにいます。

現代のバイクたちとは違って、サイドカバー以外プラスチックパーツは無く(ウインカー、テールランプレンズは除く)、125㏄にして車両重量142kg、殆ど鉄の塊です。その重さとアップハンドルのマッチングで直進性の安定さは半端ではなく、両手を離しても微塵もふらつきません。いざとなれば(??)、映画“黄色いリボン”のジョンウェインよろしく コイツにまたがって両手でライフルだってきっときっとブッ放せるのだァ~!



 
 
中国では電動バイクが、自転車より多いです。日本の原付バイクのような形が主流です。
ps.今朝から健康と鍛錬のため太極拳の集まりに参加しています。
 
>栗栖さま
こんばんは。中国にも確か黄金周はありましたよね。こちらは今年の連休、例年よりも車が多かったような気がします。

電動バイクは音がしないから恐いです。日本は本当にバイク人口が減りましたネ、乗ると楽しいんですけど勿体無いネ。

必殺の太極拳を学んで帰ってきてください。

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