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最小不幸国??? 
菅直人首相が4日の年頭会見で、これからの日本は“最小不幸社会を目指す”ような趣旨のことをまだ言われていました。
“最小不幸社会” - ここ数年来ずっと、ことあるごとに彼が唱え続けている言葉なので、彼の政治理想というか政治理念の核を成しているこだわりのポリシーともいえるものなのでしょう。


でも、なんか違和感を感じませんか?
“最小不幸”は = “そこそこの幸福”なのでしょうか。
私としては、“最小不幸”はやはり“不幸である”ことには変わりがないような気も・・・

彼としたら、上級の福祉国家的な意味で使われたのでしょうし、それは少し今注目されているベーシックインカムにも通じているのかも知れませんが、


国家のリーダーなればこそ、ここはカマシ(スミマセン、ちょっと下品ですかねー)でも“最大幸福国家”を私達に夢見させて欲しかった、と思うのです。
最大幸福を目指さずして一体何ができるのだろう。最大幸福を目指してこそ、運が良ければ“そこそこの幸福”が掴めるのではないでしょうか。


事業仕分けの時、蓮舫議員が“1番を目指さないといけないのでしょうか!?”と言っていたのを思い出し、少しオーバーラップしてしまいました。

思わず長い溜息が出て、正月早々、少し心が萎えました。


PS:昨日、菅首相はインターネットの番組で(首相としては日本初らしい)、“自分の気持ちがなえることで首相を辞めたりはしない”(首相を辞める原因が何となく分かる。歴代辞めていった首相たちは気持ちがなえるからだ、として)と珍しく久々に明言されていましたが、他人の気持ちを萎えさせてどうすんじゃい!
 
そうですよね。 
いずれにしても不幸っていう言葉がダメですよね。
どうして安易な言葉を使うのでしょうか?
結局頼れるのは自分だけになっちゃうんでしょうか。
 
>讃岐さま
こんばんは。
同級生に“潔(きよし)”という名前の者がいるのですが、自己紹介の時なぜか“不潔の潔です”と言う癖がありまして、よく周りの仲間たちから“どうして清潔の潔と言わんのぞ!?”と不思議がられておりました。言い方一つで、イメージは180度変わってくるものなのですけどネ。

少林寺拳法の教えの一つに、“己こそ己の依(よ)るべ、己を措く措(お)きて誰に依るべぞ”という言葉があります。“よく整えし己こそ、まこと得がたきよるべなり”と続きます。

秘密にする

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