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“のぼうの城” 
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狂言の野村萬斎主演の話題作“のぼうの城”、今日28日で上映が終了しました。

時は戦国、天下統一を目前にした豊臣秀吉は最後の仕上げとして関東最大の勢力・小田原の北条攻めに歩を進めます。北条氏の勢力圏は関東広範囲に及び 傘下の支城は当時26(映画上では26でしたが、実際には100個近くの支城があったらしい)、その内の1つ“忍城(おしじょう)”がこの映画の舞台。現在の埼玉県行田市にある“忍城”は、当時周囲を湖に囲まれ、別名浮城とも呼ばれていました。ここでの攻防戦の実話をもとに書かれた和田竜(りょう)の同名歴史小説が原作ですが、花咲アキラ作画の漫画も人気がありました。驚くべきは、このとんでもない戦いが420年ほど前の実話がモデルであったこと・・・


“忍城”の城主・成田氏長は、北条氏に従うように見せかけて自分は小田原城の籠城に参加する為小田原城に入り、裏で豊臣側への降伏を内通し、部下には一旦“忍城”を籠城させたのち豊臣方が攻めてくると同時に戦うことなく降伏するよう命令を出していました。それを利用したのが秀吉で、“忍城”攻めの総大将を石田三成とし、裏事情は隠して23,000の兵を与え“忍城”を攻め落とすよう命じました。実は事務方としては優秀でも前線では功績なく古参の武将に受けの悪い三成に武功を立てさすための秀吉が仕組んだいわばデキレースでありました。

何にもしなくても簡単に勝てるはずだった戦、しかし、軍使の傲慢な振る舞いに怒った“忍城”城代・成田長親(城主・氏長の従弟)は降伏せず“戦うこと”を選択します。

三成率いる2万3000の軍勢に対し、“忍城”500人、農民らを含めても3千強の成田勢。決して戦ってはいけない戦。しかも、この成田長親(野村萬斎)という男、将に求められる武勇も智謀も持たない、それどころか武士であるのに馬にさえ乗れない“でくのぼう”ような男。しかしこの男にはただ一つ、他人に好かれる才能、特に異常なほど民からの「人気」があったらしく、領民から“でくのぼう”を略して“のぼう様”と呼ばれ、親しまれていたらしい。

地の利と士気の高さから、緒戦はなんと忍城側の圧勝、その後も怒涛の攻めを何とかしのいで耐え忍びます。そしてついに、三成軍は総延長28キロメートルに及ぶ通称・石田堤を建設し利根川の水を利用して水攻めを行うことを決定、忍城は水に囲まれてしまいます。結局、1か月半に及ぶ戦いも、城外で堤作りに雇われていた百姓の中に、長親が鉄砲に撃たれたことと自分たちが耕した水田を台無しにされた怒りから石田堤を壊す者たちが現れて、水攻めは失敗します。結局、主家である北条氏の小田原城の方が先に落城し、大義を失った“忍城”も降伏しますが、あまたある北条側の支城で落城しなかったのはこの“忍城”だけでした。

歴史を少し調べてみますと、この“忍城攻め”の三成軍にはあの“戦上手と勇猛さ”で有名な真田昌幸・幸村親子も参加していたらしく、いかに忍城側がよく戦ったかがわかります。そして、この“忍城の水攻め”は、備中高松城、紀州太田城と並び“日本3大水攻め”の1つといわれているようです。


人に愛される”ことがいかに大切で強いことか、それを教えてくれるイイ映画でした。

 

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