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お疲れ様でした!! 
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1週間前、父が永眠いたしました。満で丁度九十歳でした。

前にも書いたことがありましたが、父は五年程前よりアルツハイマー型認知症を患っておりました。
とは言いましても、三年ばかり前までは自分で車の運転もしていましたし、普通に会話もできましたので、なかなか人には信じてもらえなかったのですが、だんだんと認知症は進み、去年あたりからは家のトイレにも迷ったりするようになり、一人では殆ど何も出来なくなっておりました。骨量の異常に多い人で、比較的足腰は丈夫な方でしたが、体の使い方自体が分からなくなりますようで、右足を上げなければならないのに右足に重心が乗っている、そんな感じでした。ですから、歩いてましても突然動けなくなったりもしまして その苛立ちからかパニック状態になることもよくありました。五分前に行ったトイレも忘れていますので、特に夜は頻繁にトイレに立ち、私たちも眠れない夜が続きました。

そして誤嚥性肺炎で発作を起こし、少し以前より救急入院しておりましたが、先週23日午前四時五十七分、慢性心不全にて息を引き取りました。

父は元士族○○家の長男としてこの今治に生まれ、十八歳で志願兵として軍隊に入りました。最初は東京・旧梨本宮(なしもとのみや)家の警護の任に就いた後、満州に渡り、チャムスというロシア国境の極寒の町で通信兵として三年ほどを過ごしました。
戦後も本当によく働きました。お愛想の一つも言えない無骨で無口な人でしたが、真面目に裏表なく働き、家族の為に本当によく頑張ってくれました。人・モノにかかわらずあまり好き嫌いを言わない人で、物怖じせず誰とでも構えず自然に話すことができました。

元々昔から“痛い”とか一切口に出さない人でしたが、腕力に比例して生命力も人一倍強かったのか、信じられないほど闘病生活にも良く堪え、血圧40台(上の方が)の超緊急状態からさへ幾度か盛り返すという奇跡的な頑張りも見せました。そして働き者だった父らしく、勤労感謝の日に旅立ってゆきました。

父さん、お疲れ様でした。本当によく頑張りました!! 向こうでまた思いっきり手足を伸ばして、ひとまずはゆっくり休んでください。

斎場では、柩に父長年愛用の木銃を置き(父は軍隊時代から80歳位迄ずっと、銃剣道という武道をやっていました)、私の大好きなライトニン・ホプキンスのブルースで送り出しました。


入院中は、お見舞い頂きましても本人は殆ど認識できていなかった状態だったと思いますが、天寿を全うしました今、あちらの世界から本人も、皆様には笑いながら御礼申していることと思います。そして故人に成り代わりまして、私からも厚く御礼申し上げます。長い間父を愛していただき、ありがとうございました。

 
謹んでお悔み申し上げます。 
私の父と同じような年代で、同じような病状でしたね。
父は国鉄マンで、4人姉妹の私達を育て上げてくれました。
妹と父の事を話す度に一緒に住んでた妹は涙ぐんで。
今年1月10日でしたからもう1年が経ちます。
謹んでお悔やみ申し上げます 
吉田さんのお父様とは1度だけお会いし、息子を抱いてもらいました。
>讃岐おばさま 
ありがとうございます。

点滴だけで長い間頑張っていましたから、ようやく父も楽になれたのではないかと思います。
かなり以前から覚悟だけはしていましたので、とにかく今は、“お疲れ様でした!”という気持ちで一杯です。

おばさまのところは、もう1周忌なんですねー。
>栗栖さま 
こんばんは、そして ありがとうございます。

そうですね、確かに抱き上げていましたね。
若い時は仕事人間だったので、息子の私自身は抱いてもらった記憶がないのですが。

晩年は、だんだんと自分も子供に戻っていったのか、なぜか子供に興味を示して よくチョッカイをだしておりました。

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