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プロメテウス・3D 
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この24日に全国公開された“プロメテウス”、公開日のまだ翌日ということもあったのか、この町の映画館としては珍しく沢山(といっても50人ほど)の客が入っておりました。(隣の“るろうに剣心”には結構行列ができていたようですが・・・最近はなぜか邦画のほうが人気があるようですネ。)

“プロメテウス”はギリシア神話に登場する神々の中で特に私の大好きな神の名前です(人類に火を与えた神として有名です)。しかもこの映画の予告編では“人類の起源とは?”などと、なかなかソソラレル文句が謳われていましたので、この作品 大変楽しみにしていました。


監督は“エイリアン”、“ブレードランナー”、“ブラック・レイン”、“グラディエーター”等でおなじみの巨匠リドリー・スコット。

近未来、時代も場所も異なる地球上のさまざまな古代遺跡から、次々と同じ図柄の壁画が発見されます。不思議なことにそれらは、まるで人類の起源を指し示してでもいるかのように全く等しい配列で並ぶ星々を指差す人間の絵。これを“人類の創造主”からの招待状だと考えた科学者チームは、壁画に描かれた星の配列から 銀河に実在する一つの惑星を導き出し、宇宙船プロメテウス号に乗ってその未知の惑星へと旅立ちます。と、まあこのような壮大なSF映画です。

まあ正直な話、面白かったのは、2年半に及ぶ冬眠状態での宇宙航海の中、ただひとり起きて乗組員たちの生命維持やら様々な作業を黙々とこなすアンドロイド乗組員・デビッド(マイケル・ファスベンダー)が活躍する前半3分の1位の部分のみ、と言ってもいいぐらいで、惑星に到着してからの話はあまりにも荒唐無稽で支離滅裂、筋の細かい脈絡等も極めて雑で、もしかしたら監督自身途中で何が言いたかったのか分からなくなってしまったのではないかと勘ぐりたくなるような作品でした。主役の女性科学者エリザベス・ショウ(ノオミ・ラパス)のタフネスぶりもあまりにもリアリティーに欠け過ぎた感がありまして、私の中では星三つ。残念ながら、B級に近いでしょうか。

アンドロイド・デビッドが問うた“なぜ私を造ったのですか?”という質問に対し、即座にエンジニアが“造れたからさ”と答えるシーンがありますが、技術力とは一度持ってしまうと良し悪しなど超えて単純にそういうものなのかもしれないと思いました。神という存在も、ただ、人間という生命体を造れる技術力をもった存在であっただけなのかもしれないと・・・・・・



プロメテウス(先見の明を持つ者):
大地神ガイアの息子にあたり、ゼウスなどオリンポス神族以前の巨人神タイタン神族の一人。
アトラスの弟であり、ゼウスの遣わした美女パンドラにそそのかされて有名な“パンドラの箱”をあけてしまうエピメテウス(後から知恵が来る者)の兄に当たります。

寒さにふるえ、闇や野獣を怖がっている人類に火を与え、そして“言葉”も与え、音楽や学問を教えた神ともいわれています。が、人類に「文化」を与えた罪により、ゼウスの怒りをかって、コーカサス山の岩に「金剛の鎖」で硬く縛りつけられ生きながらにして3万年の間毎日肝臓をハゲタカについばまれるという残酷な責め苦を強いられます。

“先見の明を持つ者”である彼は、人間に火を与えれば、ゼウスが彼を罰するであろうことも、当然全てを知っていました。にもかかわらず、人間を憐れんで彼は“天の火”を盗ってきて人間に火を与えてくれました。博愛の神であります。

先のことも全てを知っているゆえに、ゼウスは彼を恐れました。彼がひと言、ゼウスの未来を教えれば、許してやると誘いますが。プロメテウスはそれを拒否します。幾年月、昼も夜も、プロメテウスは太陽にあぶられ、雪に凍え、縛られて、毎日昼間は肝臓をハゲタカについばまれ、不死である為、夜の間に体は元通りになって、また明くる日同じ責め苦が繰り返されます。

いつか支配者という神を、人間が滅ぼすであろうことを彼は望んでいたというか、知っていたのかも知れません。彼は説きます、“善には力がない。力ある者には善がない”“賢い者には愛がない。愛ある者には賢さがない。そこに乱れが生じ、悪を生む”と。“善”と“力”、“知”と“慈愛”は兼ね備えねばならないものだ、と。余談ですが、これまさに、少林寺拳法の教えと同じなんですヨネ



 

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