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白滝山の羅漢さん 
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我が家から片道丁度80km、しまなみ海道をCDベンリー号で走って、因島(いんのしま)・白滝山に行ってきました。久し振りのタンデムです。麓にある白滝山荘(ペンション)裏の駐車場にバイクを止め、正面山門から登ります。まあまあ起伏に富んだトレッキングコースを歩くこと約25分、展望台のある頂上・観音堂に着きました。

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この麓から徒歩で登ります。大きな“くぐり岩”等もある結構な登山道です。萩の花が咲き誇ってました

標高227mの白滝山は、1569年に村上吉充(因島村上氏第6代当主)が観音堂を建立したと伝えられていますが、その後江戸後期、柏原伝六なる人物とその弟子たちの手によって、五百羅漢の石仏が作られました。

羅漢像や釈迦三尊像、阿弥陀三尊像、そして伝六夫婦像などさまざまな姿態や表情の大小約700石仏が自然に溶け込んで、独特の雰囲気を醸し出しています。遠く南に四国を臨み、北には因島大橋(S58年、四国連絡橋の吊橋で最初に完成)と向島&尾道がすぐ目の前に見えています。いかにも絶好の写真スポットで、旅行雑誌などではよく取り上げられていましたので、前々から是非とも来てみたかった場所でした。

昔から、京都・愛宕(おたぎ)の念仏寺や伏見区深草の石峰寺など羅漢さんの寺が大好きで、一体一体ゆっくりと見て回っても全然飽きない私ですが、今日は親父がデイサービスから4時半には帰ってきますので大急ぎで帰らねばなりません。

sirataki_kiro4.jpg


山登りで汗をかき、そのまま風を切って走ったせいか、ちょいとばかり風邪気味です・・・・・・



因島: 以前は「因島市」でしたが、今は広島県尾道市の行政区分になっています。
室町時代から戦国時代にかけては、因島村上水軍の拠点として大いに歴史の中に躍り出た因島でしたが、藩政時代、因島は岩城島と共に松山藩に属し、漁業と流刑地の島に過ぎなかった、ともいわれています。



 
しまなみ海道 
こんばんは。今回はご夫婦フル出演ですね。
三原に住んでいた幼いころ、生口島の瀬戸田耕三寺に行ったことがあります。因島は地元あたりではイントウと呼ぶ人もいるみたいです。
 
>栗栖さま

そうですね、地元ではなぜか“イントウ”って呼びますね。
耕三寺へは私も何度か行っていますが、子供の時はあの良さが余り理解できなかったけど、大人になってから又行くと大変驚嘆しました。すごい日本建築です。成長しないと見れないことって結構ありますよね?

生口島からが広島になりますが、生口島と因島は街が他の島より少し賑やかな感じです。観光推進が愛媛より上手なのでしょうか・・・・・・

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