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MVアグスタ 
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昨日2日/日曜日のWGP(世界ロードレース選手権)第15戦最終日・in“もてぎ”のTV中継を見たせいか、今日もバイクネタが続きます。

“アグスタ”というバイクメーカーを知っていますか? 私にとっては最も好きなバイクメーカーかもしれません。

アグスタは元々イタリアのアグスタ伯爵家・ジョバンニ・アグスタが設立した「ジョバンニ・アグスタ航空会社」が前身で、航空機メーカーでした。イタリア最古の飛行機メーカーでもあります。(バイク界から撤退した今も、ヘリコプター等を製作しています)創業者のジョバンニ・アグスタが自己設計の飛行機で初飛行に成功したのは1907年、ライト兄弟の初飛行から僅か4年後のことでした。

1945年、大戦終結後、敗戦国となったイタリアは航空機の生産を禁止され、アグスタ(ジョバンニの長男:ドメニコ・アグスタ)はモペッドから発展したオートバイの生産を主力とした子会社MVアグスタメカニカ・ヴェルゲーラ・アグスタ:ヴェルゲーラは会社のあった地名)を設立します。「ヴェルゲーラにあるアグスタ家の機械工場」というような意味でしょうか。

1946年~1976年にレースから撤退するまでの30年間に通算3,027回の勝利、うちGPで270回、37個のタイトルを獲得し、ギネスにも世界で最もレースで成功した会社として記録されました。

特にイギリス・マン島のマン島TTレースは有名です。当時はWGPシリーズの一戦に組み込まれ、WGPの中でも最も重要な一戦として位置づけられていましたが、まさにアグスタの独壇場でした。他のメーカー、そして日本のホンダもスズキもヤマハも皆、アグスタの背を追いかけながら開発を競っていた、といっても過言ではありません。

日本のホンダやヤマハ車が、世界GPで勝てるようになるまで、世界GPで常勝し続けていたイメージが強いですが、その生産の主流ラインはなんと実用車でした。


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レースではファイヤーエンジンとして有名なMVアグスタの4スト4気筒エンジンですが、ロードモデルではコストの安い単気筒や二気筒に拘り続けました。それはアグスタが、プライベート(シロウト)レーサーたちに公道でレースまがいの走りをされることを極端に嫌った為であるとも言われています。

かたやグランプリレースで培った栄光の4気筒レーサー・テクノロジーを高性能のプロダクションバイクの製造/販売両面に全力投入し、性能、販売力共に世界の№1となったホンダ、

そして、独特で魅力的なデザインと優れたトータルバランスからくる絶妙のハンドリングで多くのファンを生み出し「走る宝石」とまでいわれ、二輪界のALFA ROMEOとかFerrariと呼ばれていたMVアグスタは、70年代になってオーナーのアグスタ伯爵が亡くなると市販車も日本製オートバイに押されるようになり、ついに、バイク自体撤退してしまい、本家の航空機製造に一本化され、MVブランドは航空機などに名を残すのみとなりました(アグスタのヘリコプターは現在日本の海上自衛隊や警視庁でも使われています)。そしてバイクとしてのMVアグスタは、伝説のブランドとなりました。(現在もアグスタの名を持つバイクはありますが、ブランド名が復活しただけで、1970年代以前とは全く別の会社です

やはり70年代、あの頃のバイクが好きだなあー

 

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