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“朝まで生テレビ” 
“朝まで生テレビ”を観てました。

この番組も昭和62年の4月に放送が開始されたそうで(奇しくもこの峠窯と同い年です)、早や四半世紀が過ぎた長寿番組ということになりますが、それを記念する意図もあったのかどうか、今回のテーマは“激論!ネット世代が日本を変える!?”、ということで、次代を担うネット世代のリーダーたちをパネリストに迎え、いつもとはメンバーががらりと変わっておりました。ホリエモンが一番の年長者(?)位で、他は皆37歳前後だったでしょうか。


まあ内容は、それなりで、残念なことに今回は大して興味をそそられるようなものもなかったのですが、チョット違和感みたいなものを感じたというか、今までの“朝生”とは雰囲気がどこか違うものだったので、ネットうんぬんのテーマは別として、少しばかり私は時代の差を感じてしまいました。

従来のパネリストたちが喧々諤々と激論を交わし、時には喧嘩のように感情をあらわにする場面も多かったのにくらべ、今回は他人が話していると殆どが不思議なほどに頷きながら終わるまで話を聞いていて、司会者の俵さんが話を振ると初めて指名された者が意見を言う、と、まあ全体的には(ホリエモンだけは少し違ったが)終始こんな感じでした。

従来の、他人の話を折って割り込んでまで、自分の主張を喚(わめ)き散らすのもどうかとは思うのですが、今回のこの対立とか(話の流れの中でできる)派閥の無さは一体何なのだろう、と思ったわけです。私が漠然と感じてしまった違和感の原因は、これだったのかもしれません。

よく言えば、ある意味彼らの方が大人なのだとも言えるのかもしれないのですが、もしかしたらそこには、自分の話が伝わらない相手には、その時点で即線を引いてしまうというか、交わろうとしないような冷めたところが隠れているのではないでしょうか。そうして、仲間内というか、横へ横へのつながりだけでコミューンが形成されていく・・・

ネットや書物から得た情報や知識を、さも自分が体験した或いは熟考した末に掴んだ知恵ででもあるかのように錯覚してしまう勘違いの傲慢、便利なものの裏に往々にして潜む危険性、限られた狭い範囲の中だけで完結出来てしまうものの脆さと怖さ、そんなことを感じた“朝生”でした。

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