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ビリケンさん 
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大阪にいる女房の実家の母が我が家の“ビリケンさん”に羽織を作ってくれました。生地は豪華に着物の帯だそうです。さすがに冬場は寒そうに見えていたので、心なしかビリケンさんも喜んでいるように見えます。

吊り上った細目だけど愛敬のある顔と姿で全国でも有名です。

このビリケン(BILLIKEN)さん、実はアメリカ生まれ。1908年(明治41年)にフローレンス・プリッツというアメリカの女流美術家が、夢で見たユニークな神様をモデルに制作したものと伝えられています。私としましては、西洋の赤ん坊の中に、たまにこういう大人びた顔の赤ちゃんを見かけるような気も致します。どこかしらユーモラスな姿は、たちまち“幸福のマスコット”“福の神”としてアメリカを始め世界中に大流行しました。日本でも花柳界などで大正期初め頃まで縁起物として愛されていたようです。なんと“ビリケンさん”、お歳はもう百歳を越しているんですネ~。



名前BILLIKENの由来は、セオドア・ルーズベルトの後継者として第27代アメリカ大統領となったウィリアム・タフトのウィリアムの略称ビリーに愛称ケンをつけたものだそうです。

世界的な流行を受けて、明治末期に繊維専門商社の田村駒がビリケンさんを会社の福の神として崇め祭り、同社とお得意先皆様の商売繁盛を祈念して、弊社商品の代表的な商標として“ビリケン”を使用して一躍有名になりました。1912年(明治45年)オープンした“新世界”の遊園地“ルナパーク”では、さっそく“ビリケン堂”を造りビリケンを安置。これは大当たりし、新世界名物としてビリケン饅頭やビリケン人形などのみやげ物まで作られていました。また“福の神・ビリケン”を七福神に加え、“八福神めぐり”なども流行したそうです。

ルナパークの閉鎖と共に“ビリケン堂”のビリケンさんは行方不明になっていましたが、オイルショックが去った1980年(昭和55年)に、新世界に活気がよみがえった記念としてビリケンさんの復活も決まりました。現在通天閣5階・展望台の立派な台座にちょこんと座っているビリケンさんは伊丹市在住の安藤新平さんが、昭和24年に田村駒が作っていたビリケン像を元に木彫で復元したものです。

足の裏をなでると御利益があるのだそうです。


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